松前藩戸切地陣屋

項目情報

 松前藩戸切地陣屋については、各種の地図にもその場所が掲載されているので、その場所を探すことは難しくはないと思う。現在、東側下の大通りから城址公園となっている郭内まで来るちゃんとした道と駐車場などが整備されている。しかし、どうもこの整備された道はかなり新しいようで、この時借りたレンタカーについていたナビには載っていなかった。ナビに従って進んできたら、台地西側下の道をはるか北まで進み、その辺りからかなり荒れた林道を何kmも走って、北側の火薬庫跡を経由して、ようやく到達することができた。しかし、この林道の走りにくいことといったら・・・。というわけで、この城を訪れる人は、東側下の大通り方向からすぐに上がってくる道を選ぶ方がよい。

 戸切地陣屋は、尾根のように南北に長く延びた比高20mほどの台地の中央付近に立地している。この台地そのものが比較的急峻な地形にあるので、それだけでもある程度の要害性を確保していると言っていい。その台地内部に稜堡式の城郭として築かれたのが戸切地陣屋である。その形態は、なんというか手裏剣のような形をしている、というのがぴったりとくる。

 戸切地陣屋のことはあまりよく知らなかったのでそれほど期待してはいなかった。四稜郭に毛が生えた程度のもの、といった程度にしか想像していなかったのである。しかし、実際訪れてみてこの城の遺構のすばらしさには舌を巻いてしまった。まだ築かれ(そして廃城となってから)140年ほどしか経っていないということもあってだろうか、城の塁線は、非常に良好に残っている。しかも公園化されているためにきれいに整備されており、ヤブもまったくない。城塁上に木もそれほど生えていないので、築城当時のままの様子を見ることができるのである。郭内もきれいに草が刈られており、そこに各種の建物の跡もしっかりと確認することができる。それらを復元してみると、この図のような感じであったようだ。中央部に詰め所を4つ、方形に配置し、その周囲に、蔵やら道場やら馬屋などを配置している。城内の広さは長軸100mあまりであるが、中のスペースは効果的に使われているようで、五稜郭に比較してもその広さで引けをとるものではないように見受けられる。

 最も特徴的なのは、大手口に当たると思われる東側の先端がそのまま砲台となっているということである。この部分の城塁は6ヶ所に砲を配置できるようになっていた。内部には「大砲入」と呼ばれる倉庫の跡も確認できる。

 虎口は、北と南の2ヶ所にある。枡形とまではいえないが、虎口を入った後正面には土塁による目隠しが設置されている。この目隠しには背後からスロープが付けられ、その上に火気を運び上げることが意識されている。つまり、門の正面に人を並べ、大砲を置くこともできたわけである。門そのものは、小ぶりなのであるが、内部からこの門、あるいはその外側に向かって火力攻撃を仕掛けることも意識していたようであり、戦闘的な配備であると言っていい。

 城塁の面する堀の深さは8mほどあり、城塁上からではかなり高く見える。この城塁は、堀底まで一直線となったものではなく、中段くらいに犬走りを置いている。この程度の城塁の高さならば、犬走りをおかずとも、下から一気に積むだけの技術力があったのではないかと思うのだが、どうして、このような犬走りを全周させているのかが、ちょっと不思議である。おそらくこれは、犬走り上に敵を立たせた状態で、槍で衝くことを意識しているのではないだろうか。銃が武器の主体となった時代だったというのに、まだまだ槍の有効性を活かすような構造を意識していたのだとしたら、ちょっと意外なことである。

 このように、戸切地陣屋は、五稜郭と並ぶ、北海道における稜堡式城郭の傑作と言ってもいいのではないかと思う。